家族全員流血事件

娘さんが欲しがったから飼い始めたというトイプードルの『ララ』。家に来てから日に日に攻撃的になり、「今では抱っこをすることすらできなくなった」という相談を受けました。

ブラッシングや足をふく、爪を切るなど、ララにとって嫌なことをしようとするとうなって噛みつくため、家族全員が流血したそうです。

メールをくれたお母さんは、「もう悲しくて情けなくて、育犬ノイローゼです!」とおっしゃっていました。こういった相談はかなり多いのが実情。うまく付き合えれば、犬との暮らしはとてもすばらしいものなのに、とても残念に思います。

ララを飼い続ける自信を失った飼い主さん一家は、涙を流すことも多かったそうですが、それでもあきらめず、インターネットでしつけ教室や出張訓練をしているところを探しまくったそうです。

トイプードルなんて、あんなに小さくてかわいい犬種なのに?と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。でもだからこそ、あのお顔で鼻にしわを寄せ、思いっきり牙をむいてくる姿を見ると、それはそれはショックだろうと思います。

依頼を受けてさっそくお宅を訪ねると、愛らしいトイプードルがしっぽを振って出迎えてくれました。少し敏感なところがありましたが、愛想は良く、ひどく怖がることもありませんでした。正直「この子が噛むの?」といケのが第一印象でした。

なので、ララのことをもっとよく知るために、抱っこをしたり、降ろしてさわってみたり、おもちゃで遊んでみたりしてコミュニケーションを取ってみました。

そして、仰向けにしてひざの上に乗せようとしたそのとき、「ひゃあっ!」と飼い主さんが悲鳴を上げました。「あぶない!あれ?噛まないですね?」

ララはおとなしく私のひざの上でひっくり返っています。「なるほど、こうすると噛むんですね?」と私が飼い主さんに確認した途端、ララがうなり出しました。私はできるだけ反応しないように、力が入りすぎないように注意しながら、同じ力でなで続けました。

するとまもなく、うなるのをやめておとなしくなりました。ララが力を抜いたのがわかったので、すぐに「おりこうさん」とほめてやりました。ゆっくりとしたストロークで、指でお腹をなで続けてやると、どんどんリラックスしてきて、目を細めるほどに。

飼い主さん(お母さん)はとても熱心な方で、初めて犬を飼うということでしつけの本を何冊も読んで勉強し、日々インターネットで情報を集めていました。それでもなかなかうまくいかなくて、ララがいけないのか、自分がいけないのかわからない、と悩んでいたのです。

しつけの本はたくさん出ていますが、それぞれ違うことが書いてあったりします。本は著者の名前が出るので、それなりの覚悟で書かれると思うのですが、インターネットの情報に関しては「誰が発信しているのか」ということに気をつけてください。たとえば。いち飼い主さんが、自分の犬や飼い主仲間から得た情報だけをもとに判断して書いたとしたら、そのしつけはあなたの愛犬に当てはまるのでしょうか?

私たちプロのドックトレーナーは、少なくとも数百頭以上の問題犬たちと接しているべきで、その中から目の前の飼い主さんと愛犬に合った方法を判断し、アドバイスするのが仕事です。たくさんの情報の中から適切な方法を選べるということが、いちばんお役に立てることだと思っていますので、悩んだときはぜひ相談してみてください。

私は仕事柄、まちがった情報を信じて愛犬との関係を壊してしまった飼い主さんをたくさん見てきました。ほかのトイプードルのケースを思い出してみても、この犬種の繊細さなどを考えると、甘噛みに対してマズルをギュッと押さえて叱る方法や、指をのどに突っ込んだり、大きな音を出したりして脅かす方法は、かえって行動や状態を悪化させてしまうことが多いのでお勧めしません。

しかしこの方法は、今でもペットショップの店員さんや、獣医さんまでが飼い主さんに勧めているという事実を知り、かなり驚いています。それでうまくいくケースもなくはないのでしょうが、うまくいかなかったケースのほうが多いと思うからです。

 

犬は叱らなくてもいい

そして迎えた2回目のレッスン。飼い主さんのがんばりもあって、大きな変化が見られました。カウンセリングを終えてぷ~太郎と接してみると、以前のように吠えかかってくるものの、その時間は明らかに短縮。ぷ~太郎の変化を確認できたので、それを踏まえて接することにしました。

私がおいしいおやつを持っていることがわかると、ぷ~太郎は怖がりながらも近づいてきて、目の前で座ってくれたのです。「こうすればもらえる」と思ったのでしょう。私はそのメッセージを受け止め、おやつをひとつ与えました。おやつを食べるとき、ぷ~太郎が私の手にわざと牙を当ててきたのがわかりました。ぷ~太郎は、何かを確かめようとしているようです。

私は、「ぷ~太郎の牙を怖がってないよ」、「嫌なことはしないよ」、「牙は使わなくてもいいんだよ」というメッセージを込めて、1粒1粒、大事におやつを与えます。ゆっくり呼吸して、早い動きをしないことも大事。与えるときに少し間を置いてみると、ぷ~太郎はくるっとスピンをしてくれした。おそらく彼の得意技なのでしょう。

「上手だね~。そうか、それが得意なんだね?」。私はうれしくなって、さらにおやつを与えました。するとぶ~太郎もうれしそうに、何度も回ってくれました。また少し間を置いてみると、今度はだんだん私のそばに近づいてきました。そしてそっと立ち上がり、おやつを持っている私の手を嗅いだのです。

こんなとき、「座らずに人に手(前足)をかけておやつの臭いを嗅ぐなんて、失礼な!」と叱ってしまう飼い主さんも多いかもしれませんが、ぷ~太郎は仲良くなりたくて近づいてくれているので、それを叱るのはまちがっています。

怖くて仕方がなかったのに、ぷ~太郎のほうから私に近づいてくれたことは大きな進歩です。私はやさしい声のトーンで話しかけながら、おやつを与え続けました。すると、ぷ~太郎はさらに近づいてきて、おやつを通り越し、私の顔の近くまで自分の顔を近づけてきました。そして、ぺロベロと顔を数回なめてくれたのです!やった! ぷ~太郎が私に、「こんにちは!」と言ってくれたのです。

その様子を、飼い主さんはドキドキしながら見ていました。ぷ~太郎がそんなことができるなんて信じられず、感動してくれたのです。私も、ぷ~太郎が少しだけ私を受け入れてくれたのを感じて、とってもうれしくなりました。

今まで一生懸命、ぷ~太郎をいい子にしようと叱ってきた飼い主さんに、以下のこともお話ししました。犬種などによって個体の性質はさまざまで、怖がりからくる吠えや噛みつきといった行動が出る場合もあること。とくに妊娠中の毋犬にストレスがかかるような環境では、それが胎児にも影響を及ばしてしまうこと。それによって、耐性が低い子犬が生まれる可能性があることなど……。それは飼い主さんだけが悪いわけでも、ましてぷ~太郎が悪いわけでもないのです。

ぷ~太郎のケースは、飼い主さんがしつけにとても熱心だったことが、かえって問題行動を悪化させてしまったのかもしれません。じつは、こういうケースは珍しくないのです。

ちまたには犬に関する情報があふれています。どのしつけ法が自分の犬に合うのか、一般の飼い主さんが判断するのはとても難しいもの。となるとプロに頼ることになりますが、ドックトレーナーにも、いろいろな考え方の人がいます。「私はトレーナーです」と言われれば、飼い主さんは信じて頼り、アドバイスされたことを実行するでしょう。

私たちトレーナーは、日々勉強を怠らず、つねに新しい知識を得ることに努めなくてはならないと、改めて実感させられます。

私はぷ~太郎の飼い主さんに、「もう叱らなくていいですよ。仲直りを始めましょう」とアドバイスしました。今までがんばってきた飼い主さんは、それを聞いて「心がすごく楽になった」と言ってくださいました。上手に力を抜けるようになった飼い主さんの様子がぷ~太郎にも影響し、落ち着いていることが多くなって空気が張り詰めるような感じになることも激減したとのことです。ご家族からも、ぷ~太郎の顔がやさしくなった気がすると言われるほどになったそうで、私も本当にうれしいです。

私は、そんなぷ~太郎に会いたくて仕方ありません。そろそろ、ぷ~太郎の3回目のレッスンです。

 

甘噛みがいつしか本気噛みに

ぷ~太郎をいい子にしようとがんばった飼い主さんは、しつけ教室に連れて行きました。

おそらく怖くて伏せられなかったぷ~太郎を見て、ドックトレーナーは「頑固な子」と評価したのだとか。「怖くてできない」のと「頑固でやらない」ことは、まったく違うもの。ただ、それを見分けられる人とそうでない人がいることは事実のようです。

そしてこのトレーナーは、ぷ~太郎のリードを踏みつけて、無理やり頭を床に着けさせました。さらに、甘噛みしたときは「スチール缶を思いっきり床に叩きつけろ」と教えてくれたそうです。ぷ~太郎をいい子にしようと一生懸命だった飼い主さんは、先生のアドバイスを信じ、何としてでも(遊ぼう!と誘う)甘噛みをやめさせようと、必死で缶を床に投げつけたそう。それでもやっぱり反抗してくるぷ~太郎。

恐怖によるパニックを起こしていた可能性もありますが、トレーナーに「それでも甘噛みや噛みつき、ムダ吠えをやめないんです」と相談すると、「投げるときの気合いが足りない」と……。もっとシャープに、足元を狙って、勢いよく、気合いを入れて投げるよう指示され、「そこまでやらなくてはダメなのか?」と、半分泣きそうになってしまったそうです。

こうして飼い主さんは、遊ぼう!と甘噛みで誘ってくるぷ~太郎に対して、缶を思いっきり投げつけてきたのです。ぷ~太郎にしてみれば意味がまったくわからなかったことでしょう。遊びに誘っているだけなのに、嫌なことは嫌だと伝えようとしてみただけなのに、そんな風に脅かされて恐怖を与えられたら、目の前の飼い主さんは味方なのか敵なのかさえ理解できなくなります。そして甘噛みはいつしか、相手の攻撃をやめさせようとする、恐怖からくる「本気噛み」に入れ替わったのです。

また獣医さんからは、「甘噛みしたらこぶしを口の中に思いっきり入れなさい」とか、「キャンと鳴くほどマズルを握りなさい」と指示されたそうです。でも、これ以上口周りをさわられることを嫌いになったら嫌だなと思った飼い主さんは、マズルを握れなかったと言います。

まだ幼い子犬に、缶を投げつけたり、こぶしを口の中に入れたりしていては、仲良くなれる要素はどこにも見当たらないですよね?

一生懸命いい子にしようとがんばっで、叱って叱って、叱って叱って育てた挙げ句、犬からの信頼を失ってしまうどころか、恐怖による攻撃性を引き出し、さらにそのレベルを上げてしまっているケースは少なくありません。

そして、プードルにとって必須のお手入れに慣れてほしいからと連れて行ったトリミングーサロン。2回目のトリミングから帰ってきたときに、ぷ~太郎はキャリーバッグの中でうなり続けて、3時間も出てこようとしなかったそうです。お店で一体何があったのでしょう?なぜぷ~太郎は、家に帰ってきたというのに、そんなにもおびえていたのでしょうか……。

いろいろな経験を重ねるうちに、ぷ~太郎にとって人の手は、「嫌なことをする可能性がとても高くて危険なもの」になってしまいました。ぷ~太郎は、飼い主さんがいつ怒り出すかと、ちょっとした空気の変化にも敏感になったことでしょう。

でも、どうしたらいいかわからなかった飼い主さんは、恐怖からくる攻撃性を見せるぷ~太郎を、ずっと叱ってきたそうです。かえって逆ギレされているようだと気付いたときには、迎えてからすでに3年が経っていました。

実際にぷ~太郎と接してみると、私の顔を見るなり神経質に、けたたましく吠えかかってきました。怖いから腰は引けまくり、少し近づいては跳びのき、その跳躍距離は1m近く。ぷ~太郎のジャンプカに思わず感心してしまったくらいです。何とかして「ぷ~太郎を傷つけたり、怖がらせたりするつもりはない」ことを伝えたくて、やさしいトーンの声で話しかけながら、持参していったおいしいおやつを彼のそばに投げてやりました。食べてくれたので、仲良くなれる可能性が上がりました。

1回目のレッスンは、接触はせずにおやつをたくさん食べてもらって終了。飼い主さんには、とにかく次のレッスンまで、叱るのを一切やめるようお願いしました。噛まれそうな場面は可能な限り避けることと、(こちらがちゃんと管理すれば、叱らなくてはならないことはあまりできないと思いますが)もし悪いことしたらただ無視するようお願いしました。

飼い主さんは、ぷ~太郎を気にしすぎ、話しかけすぎ、かまいすぎのところがありましたので、それも減らすようにアドバイスしました。しかし頭で理解するのと、実際に行動に移すのではスムーズにいかない部分もあるようでしたので、何度もメールでフォローして、レッスンをサポートしました。

 

トイプードルの本気噛みに悩む

飼い主さんは、トイプードルの『ぷ~太郎』の本気噛みに悩んでいました。8週齢前という若すぎる時期に迎えたぷ~太郎は、とても元気な子犬。要求吠えする、甘噛みする、飛びつく、のフルコースで、悩んだ飼い主さんはパピー教室に通い、去勢手術も済ませたそうです。

でも、一生懸命しつけているつもりなのに行動は悪くなる一方だったとか……。そんな飼い主さんの心が折れそうになったとき、私に連絡をくださいました。

ぷ~太郎の噛みつき方は、飼い主さんいわく「突然どう猛に野良犬のように食ってかかってくる(!)」のだそうです。しかし、獣医さんやトリマーさんにはうなるだけだそう。ご家族は噛まれていたので、動物病院やトリミングーサロンでも当然噛むだろうと思つたそうですが、獣医さんやトリマーさんにはうなるだけ。カウンセリングの結果、ぷ~太郎の噛みつきの原因が、ご家族の接し方に関係していることがわかりました。

トリマーさんには、一度うなって驚かせてしまったのでお願いできず、獣医さんにもうなったので、不安で診察に連れて行く気になれなくなったそう。噛まれても、自分でお手入れしようとがんばってきたけれど、もう限界……。でも絶対に飼育放棄はしたくないので、どうか助けてください、ということでした。

ぷ~太郎は、生後42日でペットショップに並び、飼い主さんが購入を決定した後に寄生虫や病気が見つかり、手元に迎えるのが遅れたそうです。よほど環境が悪いところで生まれ、飼育されていたのかもしれません。飼い主さんから送られてきた画像を見てみると、当時のぷ~太郎は残したごはんの器の横で、眼もうつろにうつぶせになっていました。育ちざかりの食べたくて仕方ない時期に、よほど具合が悪かったのでしょう。ごはんを残して、こんなに小さな体で闘っていたかと思うと不憫でなりませんでした。

そんなに小さいうちに親兄弟から離されていたら、甘噛みの抑制を覚える時間はほとんどないはずですから、ぷ~太郎の甘噛みがひどいのは当たり前。ぷ~太郎のせいではありません。

しかし、古い方法のしつけでは、「甘噛みは絶対にダメ」、「本気噛みにつながるから許してはいけない」などと言われており、おかしな服従を強いられることになってしまうのです。

子犬は甘噛みで「遊ぼう!」という、いわば友好的なメッセージを送っているのに、それを「叱ってやめさせる」という対応は、まちがっていると思います。もちろん、加減ができないと痛いので、痛かったら「痛い」と伝えるのは大切なことです。